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ポチ子と「北風と太陽」

「北風と太陽」の話を知ってますか?

旅人のコートを北風が無理に強風で脱がすか、

太陽がいっぱいの暖かさで脱がすか・・

旅人は太陽の暖かさで簡単にコートを脱ぎました・・

ポチ子は「北風と太陽」をいつも参考にして

人間関係を乗り越えてます。

私も含めて、人間ってバカ!

だって優しい言葉、優しい態度、優しいLINEの文面、

表面的な暖かい言葉、態度で心が動きます。

でも・・心の中は真っ黒?限りなくグレーの場合も・・

じゃあ 本音の聞いたら嬉しくないキツイ意見、考え、愚痴・・

聞いて不快な言葉は人間丸ごと悪い人に思っちゃう・・

でも・・本当の心は純白でまぶしいくらいの優しさ溢れる人かも・・

人間関係を良好にするには 言葉の「太陽」・・

本音の心なんて言葉に出して話さなければ分からない・・

なんか 悲しい、

みんな 騙し合いの世の中かな?

それが 当たり前?

ポチ子いい歳して何言ってるの?

会って 顔見て 声聞いて 表情見て、

昔は 当たり前の事が今は

メールの文面だけ・・

気軽だけど 心伝わりません!

ポチ子も メール LINEで済ませてるけど・・

今 ここにいる 私の笑顔は相手に届かない・・

今 笑ってますよ!笑顔でいます。

今 泣いてますよ、悲しい顔です。

便利な世の中だけど、ホントの心の伝わりが見えないみたい・・

お世話になった職場でもございました

■入社2日目で“ばっくれ”退職した新社会人(22歳)の言い分「初日でこの会社はないなと見切りはつけてた」

(日刊SPA! - 04月19日 09:15)

酒井勝軍の『神代秘史百話』と竹内文書

昭和五年に出版されたカルト本の古典、酒井勝軍の『神代秘史百話』について、批判を交えながら紹介してみたいと思います。

酒井勝軍の一連の本は戦前の有名なカルト本で、この本は古史古伝(新らしく「発見」された、オリジナルが神代に書かれたという触れ込みの本)の中でも一番カルト的な、竹内文書(たけうちもんじょ)の紹介本です。

竹内文書というのは、聖書や仏典や中国古典のあやふやな知識しか持たない人が、それらを無理矢理に日本の神代と結びつけたような内容の本です。

書名にある『神代秘史』というのは、竹内文書のことです。

『神代秘史百話』のp5では、酒井勝軍が『オトウサンをパパと言はせ、オカアサンをママと言はせ』る、最近(昭和5年当時)の風潮を怒っています。

この時代には既にパパ、ママと呼ぶのが広まっていたんですね。

p12では、『而もユダヤ人の事ジウといふがジウは何国の国語でもないから、ユダヤ人すらもその字義は知らないのである。ところがこれは日本語で、すなわちジウ(十)である。』とあります。

Jew(ジュウ)は『何国語でもない』わけではなく、単なる英語です。

Jewはドイツ語ではJude(ユダ)になり、ソロモン王時代の古代イスラエル王国が後継者争いの結果、北のイスラエル王国と南のユダ王国とに分離し、北のイスラエル王国を構成していた十支族はアッシリアに滅ぼされて移住させられ(歴史から姿を消し)、ヘブライ民族は残ったユダ王国にちなんでユダヤ人と呼ばれるようになりました。

ユダ王国の名は、ヘブライ民族のユダ族の祖先ユダから来ています。

英語のJew(ジュウ)も、英語のJudah(ジュダ=ヘブライ語ではユダ)から来ています。

そもそもジュウ(十)は中国語由来の音読みです。

日本語と結び付けたいなら、【ジュウ(十)】ではなく、【トウ(十)】との関連を探さないと。

『エホバは天御中主神よりも二代前の神であり、エホバよりもまだ八代前に絶対の原始神が在(い)さるることが分かったのである。

この原始神は一名ナンムアーミンと呼びまつらるる神で、ナンムは元無極の意、アーミンは天地人の義であるから』(p19)

エホバは聖書の神で、天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は古事記日本書紀に登場する神です。

ナンムアーミンというのは南無阿弥陀仏(ナムアミダブツ)から来ていると受け取れます。

『ナンムは元無極の意』

南無は元無極という意味ではなく、サンスクリット語で帰依するという意味です。

『何人も興味を起さずに居られぬことは、ナンムは仏教徒に使用せられ、アーミンはユダヤ教徒キリスト教徒及び回教徒に使用せられておることである』

中略

仏教徒に聞けば南無は梵語であるといひ、ユダヤ教徒に聞けばアーミンはイスラエル語であるといふが、仏教は勿論のこと、ユダヤ教がまだ発祥しなかった数十万年の太古においてすでにこの固有名称があったとすれば』

中略

『即ちこれは梵語でもイスラエル語でもなく、正に日本語であったのである。』

中略

ユダヤ教の開祖が日本に渡り来つて学びたるもので』(p20)

なぜ旧約聖書よりも竹内文書の方が何十万年も古いと思うのでしょうか。

酒井勝軍は、書かれたことをそのまま鵜呑みにする単純な人なのでしょうか。

『日本の神名又は神事に天(アメノ)といふ冠詞を付けるが、之は明らかにアーミンの転訛で』(p21)

日本語は同音異義語のとても多い言語です。

なので天(アメ)とアーメンのように、外国の単語と似た言葉を見つけるのに不自由はしません。

私には、アーメンとラーメンの語が似ているのは古代に繋がりがあったからだというような、幼稚な論理に思えます。

国史を見ると、今を去る七十六年前、すなわち安政元年七月九日左のごとき布令があった。

大船製造につきては異国船に紛れざるよう日本の総ての船印は白地に日の丸幡*1あい用ひそうろうべし。

しかしてこれが今日日本の国旗である日章旗の始めであるとされておるが』

中略

『何がゆえに他の国々がこの顕著なる太陽を忘れて極めて劣等な物体や低級な意匠を国章にしたのであろうか』

中略

『要するに我国*2は太陽なりという自信が無かったからといはねばならぬ』(p51-p52)

そう思っているのは酒井勝軍だけで、世界中の国家は自国の国旗に自信を持っていると思います。

『然るに我等の神代秘史に照らすと、天御中主神より二代前の造化気万男身光天皇の御代にすでにニ旒*3の国旗が高く翻*4えされておったのである。

その一旒は今日使用している日章旗と全く同一のもので』(p53)

造化気万男身光天皇竹内文書天皇で、記紀には登場しません。

モーセシナイ山から行方不明になった時も、彼は雲に上げられ天国に行けりというておる。ところがその当時日本は神州又は天津国と呼ばれておったから、実はモーセは日本に来ておったのである

キリストも地上に神政を復古せしむるために、神国建設を説かれたが、キリストのいわゆる天国は、雲上の霊界ではなく、地上の神政廟と見るとキリスト教がよく分かつて来る』(p68)

竹内文書と聖書とを比較し、聖書の方を他方の模倣に過ぎない断言し、ユダヤキリスト教の神を日本の神の亜流に過ぎないとする論拠を竹内文書に求めるなら、同じように竹内文書を疑い、聖書伝説の亜流にすぎないと考えてもよいのではないでしょうか。

『ラジオは最新の文化的驚異であるとせられて、人智の進歩すでに神智に達せりなどと豪語して有頂天になっておる現代の軽浮さは憐れむべきである。

来りてヘブライの古文書を見よ、タルムッドにはラジオという語があり、また聖書をひもとくと詩篇第十八篇はラジオの章といふべきものではないか』(p76)

酒井勝軍の主張は、当時の最新技術のラジオを皆驚嘆しているけれど、ラジオという語はユダヤ教の伝承集であるタルムードにも出てくるではないかという主張です。

現在の製品名とたまたま同じ名称が古代にもあったというのが嬉しいのでしょうね。

詩篇第十八篇のそれらしい箇所はこれです。

『苦難の中から主を呼び求め、わたしの神に向かって叫ぶと、その声は神殿に響き、叫びは御前に至り、御耳に届く』(旧約聖書詩編第十八篇)

これが酒井勝軍には無線通信機に思えたのでしょう。

『アメリカという国名は一体誰が付けたのか』

中略

『伝説に由ると、千五百年の頃イタリア人アメリゴ・ヴエスピーシーなるものが南米を探検し』

中略

『この大陸をアメリカと呼ぶようになったとのことである。しかし馬鹿らしい伝説で、コロンブスの晩年はどうであろうと、史上彼をもって米大陸の発見者なりと公認しおるならば、新大陸は必ずコロンビヤとでも命名すべきである。』

中略

『驚くべきかな、わが秘史には明かに左のごとく記されてある。』

中略

『宇摩志阿志牙備天皇が南米巡幸のみぎり、アルヘンチナ、ブラジル及びコロビンの三頭領が天皇を暗殺せんと計ったので、天皇みずから指にて三名を捻り殺されたこれを目撃した南北エピロスの土民等は戦慄し、五十名の総代を以て帰順の意を表し、口々にアメノリを連呼した。すなわち天降りの意である。

爾来(じらい)エピロスをアメノリと改めたのであったが、スペインの侵掠と共にこれをラテン化してアメリカと改めたのである。然らばアメリカとは元来日本語である。そして南北南米共に完全に皇領であったことを忘れてならぬ』(p93)

宇摩志阿志牙備(うましあしかび)とは、古事記ではイザナギイザナミ以前の神で、『葦牙*5のごと萌え上がる物によりて成りませる神の名は宇摩志阿斯訶備比古遅神*6』と古事記にあります。

竹内文書酒井勝軍の解釈では、アメリカという語の起源は日本由来ということです。

私は諸外国の人に、酒井勝軍の一連の本を見られるようなことがあれば、とても恥ずかしく思います。

『今神代秘史を見ると賞罰は極めて明かで逆賊性の者は少しも容赦なく処分された。』

中略

『アフリカユイコレカラム民王、アジアトントンキンナム民王』

中略

『ヨモツ国トランスヴァイル白人氏、ヨモツヨハネスアナタル青人氏、ヒナタエピロスブラジルベラ民王』

中略

『アフリエジフトカイ民王等を招集し、万国奮って反逆の徒を掃討すべきことを厳命せられた』(p108)

これらの王名には、アフリカ、アジア、トランスヴァールヨハネス、ブラジル、エジプトの語が含まれていますよね。

どうにも胡散臭く感じるのは私だけでしょうか。

さて、そのトランスヴァールヨハネスですが・・・

現実のトランスヴァール共和国は、南アフリカボーア人(オランダ系の南アフリカ移民とその子孫)が1852年に建国し、1902年(日本では明治35年)まで続いた国です。

1852年は日本では幕末なので、竹内文書は1852年以降に書かれた可能性を考えた方がよいのではないでしょうか。

ちなみに、ヨハネスブルグ南アフリカ共和国の州都です。

『彼れモーセは聖書に記さされおるごとく、シナイ山に参籠*7して例の十戒石を神授されたのであるが、これを民衆に授けた時に失敗し、第二回に成功したのであるが』

中略

『秘史によると彼はシナイ山上から反対の方面に下り、アカバ湾に出で、船にて日本に渡来し、越中の棟梁*8皇祖大神宮に四十一日間参籠して』

中略

天皇から十戒を賜って本国に急行し、第二回の十戒を民衆に授けたと書いてある。さればユダヤ教は日本の高天原で発祥したものである』

中略

ユダヤ人のことをジウというが、ジウは何語であるかユダヤ人も知らないのである。ところがユダヤ人の国章は日本神代数字の十で、ジウと読む。』(p233-p234)

だからJew(ジュウ)は英語のJudah(ジュダ=ヘブライ語のユダ)から来た英語だというのに。

そして日本語であるならトウとの関連であるべきで、ジュウ(十)は中国語由来の音読みだというのに。

イスラエル民族に与えられた十戒石は、ユダヤ王国の滅亡と共に所在不明になった。』

中略

『あるいは日本の何処かに移されて秘蔵されているのではないかと思いついて、十数年来この謎を解かんと試みたのであった。』

中略

『しかしてこれと同時にモーセの十戒には表裏二種あることを霊覚したために、古今東西未だ何人も考えておらなかった裏十戒について、その片鱗だけなりとも探りうるところあらんかと念じつつ、先年遠くパレスチナに赴いて半年間を過ごしたのであったが、残念にもこれについては何の得るところもなかったのである。

しかるに一昨年末から昨年春にかけて、日本神代当時の高天原であつた皇祖皇太神宮の神宝中に、驚くべき多大の史実が発見されたが、その中に、実にモーセの十戒が表裏二種ともに完全に発見されたのである。

もちろんこれは写しであって』(p235-236)

そのモーセの裏十戒と呼ばれる物の写真です↓

勝成のブログ-裏十戒と呼ばれるもの

私には落書きに思えますが、この写真の裏十戒を解読したものが↓だそうです・・・

『それは即ち左の如きものである。

一、日本神を拝礼せよ。

ニ、祖国日嗣神を拝礼せよ。

三、日の神に背くなかれ背く者は潰滅すべし。

四、天国祖国神の法律を守るべし。

五、祖国天皇に背くなかれ。

六、分邦万国民の律法を守るべし。

七、分邦の律法を制定する分邦民祖国の律法に背くなかれ。

八、黒白を明らかに正せよ。

九、聴けこの外に爾*9モーセの他に神なし。

十、日の神礼拝せよ。』(p237-p239)

『世界万国を大観すると、日本に酷似した国が西の方に一つあることを見出すであろう。すなわちイタリアである。

イタリーという国名は日本語のイタル(到達)であると秘史に記されてあるが、またローマともいうたので、このローマの上代史は明白ではないけれども、伝説に由ると紀元前七百五十三年にロミュラスという偉人が天降ってローマ府を創立したということである。

しかもロミュラスがいかなる人であつたかは丸で雲をつかむようなものであったところが、外宮の神体中に発見されたモーセの裏十戒石によりてロミュラスはモーセの別名であることが明かにせられたのである。』

中略

イスラエルの建国全く成りたるがため、彼は後事をヨシュアに委任してローマ建国に向かったのである。』(p240-p241)

紀元前一千数百年前のモーセが、紀元前七百五十三年のロミュラス(ロムルス)と同一人物だそうです。

私は神話の時代に現在またはそれ以上に発達した社会が存在した可能性や、地球以外の知的生命体の可能性や、心霊現象等を否定するものではありません。

ただ私は、宗教にしても思想にしても、幼稚なものほど広がりやすいのではないかと感じます。

私は蒙昧に堕さないロマンが好きです。

*1:はた

*2:諸外国のこと

*3:りゅう

*4:ひるが

*5:あしかび=葦の芽

*6:うましあしかびひこじのかみ

*7:さんろう

*8:とうりょう

*9:なんじ

これだけは!

これだけは言っときたい!

やっぱいい声だなぁ!

困るんだけど、こんないい声で花火行こうねとか言われても!

言ったのは女の子か?

でもいよりくんの声だからさ 勘違いさせてくださいよー困るけどー

そしてアレだぞ

雪組最高!

安くなるのか

当然、客にかける店側の手間、負担は減る。

その分人件費も浮くはず。セルフレジで会計したら割り引き都かになるんだろうか。

経産省、コンビニのセルフレジ化を推進 大手5社の全店舗へ2025年までに導入

忙しい・・・

連日連日忙しいわ〜。

外出支援したかと思ったら、今度は歯医者の対応。

で、ケアマネ業務で残業。

そして業務も改善点も多くあり、職員も高齢なので言っても聞かないし動かない。

疲れが増すばかり。

猫の手も借りたい。

そしてユニットの入居者が遊びにきて「猫の手も借りたいくらいだ」と言うと

「明日手を貸しに来るぜ」と笑いながら返答される。

と利用者と色々話してると楽しいもんだと思う。

問題はどこでも一緒。

18人のユニットで忙しく回ってれば利用者と接することがあまりない。

かといって少人数のユニットでも結果的に職員同士の会話ばかりして

利用者と関わろうとしない。

どんなに綺麗な施設だっとしても、どんな立派な上司だったとしても、

利用者に対して配慮、他者への配慮、適切な介助を行わなければ意味がないわけよ。

他人の上げ足をとるようなことばかりしてる人間が多いからさ正直醜く感じる。

人間誰だって忘れる事だってあるさ。

それをこっそりしておくというのも相手への気遣いだと思う。

毎回忘れてるなら呼び出して指摘するのも大事。

人前で大声で指摘するのは、相手に恥をかかせる行為でもあるし、

無関係な利用者への配慮も足りない。

これは何処の施設でもそうだと思う。

俺は毎回思うのは「美」がないわけよ。

この俺が「美」なんていうのも変だけどさ、

行動一つ一つにしたって、歩く音が大きければ、住みやすい空間を一気に壊してしまう。

大声で呼んだりすることも同じことがいえる。

そういう事一つ一つ気にかけて行動することによって

自分自身ゆとりが出てくる訳なんだよね。

【霊能力者のおくさまブログ】基本が基本

すべてのことは、基本に戻ることで、解決することが多い。

運動の選手だって、お仕事で窮地から脱出した人だって、

困ったこと、トラブったこと、そんな中から、

見落としてしまっていたことを、カバーするのに基本に戻る。

ああそうか・・・と、今、スピリチュアル系の本を読みながらも、

基本に返る大事さを実感しました。

人が人に語り継ぐというのは、とても大事なことですが、

どうしても間に人が入ると、その人のフィルターがかかってしまうもの。

バージョンアップしている分、新しいものは、使い勝手が良くなることも、

その逆もあり得ますから、当然のことですね。

何かを追求して行く時、何故?なぜ?という疑問は、

必ず自分の中に湧き上がるものです。

教えられた内容をそのままうのみにしていただけでは、

なかなか、自分のモノとしてアウトプットできないものですのもね。

ある意味、ここに通っている人達は、自分らしく生きるための基本を

学びにきているのかもしれませんね。

さて、その基本を身に付けるには?

とにかく、基本を五感で自分のなかに沁みとおるまで。

基本の場に通い、空気をすい、そこで時間を過ごすことが

一番の近道です。

本を読んだり、人から聞いたりするもの、一助にはなりますが、

マスターするのはすごく時間がかかるし、十分ではないでしょう。

人として生まれたなら、先祖に思いを馳せるのも基本。

ある土地に住んでいるのなら、その土地の神にご挨拶するのも基本。

その他、自分が身に付けたいものの基本は、続ける中でしか

わからないことが沢山。

得てして、基本は退屈なものですが、その退屈さを

自分の工夫で補いながら、ひたすら感じ続けることが大事なのでしょうね。

ああ、そうか!とわかるまでに、どんなことも3年はかかります。

http://www001.upp.so-net.ne.jp/adeptmentor/

Adept・Mentor 島津相談室