京展

 今日は昼から京展を観に行ってきました。

 日記に書いていた通り、エントリーしたが私は落選したので、「私の絵をおさえて入選するぐらいだからさぞかし素晴らしい絵ばかりなんでしょうなぁ〜、これでしょうもなかったらメッチャ腹立つでホンマにっ!!でも、ホンマにデッカイだけのしょうもない絵が選ばれてたらやりきれへんし、どうかエエ絵飾っといてくれよ!!」っと、やっかみとおかしな希望を抱きながら、また自転車を走らせて行ってきましたよ。

 美術館に到着し、何時もの駐輪場に止め、入り口に行くまでに携帯の電源を落とし、はめていたマスクを外し、鞄から眼鏡を取り出して準備を整え、入り口で落選通知と共に送られてきたチケットを渡し早速入館し絵を観て行きました。

 まずは2階に上がり書を観て行ったのですが、書は美術館やお寺で絵や茶器共に展示されているのを観たり、以前購入した図録に載っていたものを模写というかお手本にして書いたりしていた事はあるものの、何となく上手い下手は分かるのですが、正直、横に何と書いてあるのか説明がなければ、書いてある漢字や仮名が何となくしか読めない程度の知識なので余り判断が出来ない(_)

 しかし、賞を受賞しているものを観てみてると、分からないながらも他と見比べると確かに上手く、「あぁ、こうして並べると、私みたいな書の事がよく分からない者でも、上手い下手はハッキリ分かるもんなんやな」っと感心してしまいましたね。

 続いて私がエントリーした洋画部門が展示されている所に行き観だすと、やはりというか、思っていた通り、最低でも畳1枚分ぐらいの大きさの絵ばかり展示されている(´ω`)

 「なんや、やっぱり絵がどうとかじゃなくてサイズが重要なんちゃうんかいな!??よく大きなサイズの絵は構成というかバランスをとるのが難しくて力が無くては描けへんとか言う人いるけど、あれって正直どうなん!???ハッキリ言って何でも小さいもん描いたり作ったりする方が遥かに難しやろ!?だって、変な話大きな絵やったらミスっても描き直したり、抽象的な絵だったら本人が『これでいいんです!!』っと言ったらもう言ったもん勝ちやないか!!でも、例えば米粒に般若心経とか小さい筆で書いてる人とかいるけど、あんなんミスったらもう一発でアウトやし、文字が潰れてしまって誰から見ても完全な失敗って分かってまうやん!?やっぱりどう考えても大きなもんより小さいもんの方が難しいで!!」っと展示されている巨大な、「これこの展示が終わったら一体どこに置くんやろ???家のリビングとかにこんなサイズの絵なんて一般家庭やったら絶対飾られへんし、もし飾ったとしたら絶対邪魔過ぎるで!!普通に考えたら倉庫とかにしまっておくんやろうけど、それやったら描いた本人でさえ見る事がなかなか出来へんようになるし、いくらエエ絵でも見れへん絵やった\xA4

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 しかし、観ていくと、タイトルと名前は忘れてしまいましたが、「おぉ!これは上手い!!確かにこれやったら当選するやろうし飾られるわ!!テクニックも色合いも良いし、これの横に自分の絵が飾られてたらちょっと恥ずかしく思ってまうわ(o^艸^o)」っという素晴らしい絵がポツポツと現れたので、「あぁ、色々文句言ってたけど、やっぱり落ちたのは実力通りって事やな、また頑張って書かなアカンわ」っと素直に負けを認め、また頑張ろうと思えたのですが、「こんだけエエ絵も選ばれてるんやし、大賞っていうか京展賞やったっけ?やっぱりああいうのはさぞかし良い絵が選ばれているんやで(^-^)」っと当初の気持ちが一転し、受賞作を観るのが楽しみになり、また絵を観ながら館内を進んで行くとそれは現れました(つω-`。)

 何とか賞(何賞か忘れましたが)っと書かれた緑色の紙が貼られている横をみると、仏画で般若心経など、お経だけで描かれた観音さまや仏様の絵があると思うのですが、お経などではないですが、文字を集合させて描かれた巨大なシン・ゴジラがそこにいました・・・・・・

 正直、「えっ!?嘘やろ!???これが賞受賞してるん!?選んだ人頭おかしいとちゃうか!???こんなん一時のブームやんか!!描いたやつも完全に話題に乗っかっただけやん!!」っと思ってしまいましたよ(_)

 なんというか再びガッカリというかやさぐれた気持ちになり続けて絵を観て行ったのですが、いよいよ大賞というか、洋画部門の京展賞であり市展・京展80年記念賞でもある作品の前に来ました!!

 先程のシン・ゴジラもそうでしたが、こちらはそれ以上というか何というか・・・・・・

 この絵を見た後、1階の日本画なども観てまわったのですが、それらを全て含めた上でも一番大きな、おそらくは縦3?、横2.65?っという洋画の規定の限界であろう巨大な絵で、「やっぱり絵がどうとかじゃなくてサイズの問題やんけっ!!一番大きな絵が一番って嘗めてるんか!!」っと心の内で絶叫しましたよщ(゜Д゜щ)

 しかもまだ先程まで観た中にあったような負けを認められるぐらい上手い絵ならば良いのですが、薄い紫や白などの塗料を塗りたくったいわゆる抽象画で、正直何が描いてあるのかさっぱり分からない!!!

 なんかもう思わず絵の前で笑いながら(もう笑うしかなかったです(涙))、「わけ分からんわ・・・・・」っと呟いてしまいましたね・・・・・

 先ほど書いたように精神的にかなりヤラレながらフラフラと1階に降りて日本画と彫刻などを観て周ったのですが、中には気持ちを癒してくれるような良い絵があり少し癒されたものの、彫刻の方に行くと再び「なんじゃこりゃ!???」っと思ってしまうような作品のオンパレードで、特にダクトなどに巻いてある銀色のカバーの様なものを縺れさせたオブジェには、再び、「わけ分からん・・・・」っと思ってしまいましたよ・・・・・・

 なんと言うか、最初の方で感じた、「あぁ、やっぱ上手いわ、自分の力不足やったな」っと納得の出来る敗北感ならある意味喜んで受け入れスッキリした気持ちで帰ってこれたと思うのですが、あの大賞のデッカイだけで何描いてあるのか分からない抽象画と、シン・ゴジラに負けたかと思うとやはり悔しいというか納得がいかない、何とも言えないやるせなさを抱えて帰路に着きました(つω-`。)

 なんやろう?ああいうの選んだり描いたりしてる人達って100年後、200年後、下手したらもっと先の人達がこの絵を観たらどう思うかとか考えへんのやろか???

 今の私達が100年前、200年前、下手したらラスコーの壁画の様に万年単位の昔のものを観た時、それでもこれは上手いとか素晴らしいとか思える絵が残っているというのに、今回選ばれていた何を描いてあるのか分からない絵や、一時のブームのキャラクターなんて言うのは、その時の時事というか風俗や、美術史的な価値はあったとしても、普通に鑑賞する人からしたら、やはり訳の分からん絵なんて「訳の分からん絵」でしかないし、何だったら「この時代の人達ってこれが良い絵やと思ってたんやろうか???なんか色々とこじらせて訳の分からんことになってるな(笑)」っと馬鹿にされるんじゃないかと心配になってしまいますね(×_×)

 評価を受けたものと言うのは良くも悪くも未来に残るというか残ってしまうので、その辺りもきちんと考えた上で選考して欲しいです。

 まぁ、落選した者が何を描いても負け犬の遠吠えだと思われるのが関の山なのでしょうが、それでも遠吠えせずにはいられないような気持ちに選ばれた絵を観てなってしまいましたね(つω-`。)

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