The Choice 3

人気番組 ”The Voice” のパロディである、

“The Choice” Vol.3。

音楽関連ネタをお届け。

-家族向けコンテンツと、魅惑のR&B-

Chaka Khan は、チャカ・カーンと発音するより、シャカ・カーンと発音した方がベターである。アメリカのレコード店で、店員さんに聞く時は、「シャカ・カーンの〜〜〜〜」って聞きましょう。Chocolate:チョコレートを、フランス人がChocolat :ショコラと発音するように。

Chaka Khan のライヴは昔、一度見たことがある。子どものいる家庭なら、年に何度か、コンサート的なところに家族で行ったりすると思う。もちろん、子供が10代になると、自我が目覚め、親との時間も少なくなる。それが自立への道であり、人間のあるべき姿だと思う。しかし、子供が小さいうちは、父親が家族サービスをするように、子供も親に気を使い、子供らしく家族のイベントに付き合うのである。

親が、カード会社などの雑誌に載っているコンサートなどを、テキトーに選んで訪問する感じだった。舛添元知事のように、ケチくさい割引プライスでチケットを購入出来たみたいだが。いつも親が選ぶ当たり障りのないクラシック系のコンサートやサーカスに行くのに飽きたので、自分で選ばせてもらうことに!

-プロが観に来る満足度の高い Chaka Khan のライヴ-

で、やっぱり黒人アーティストを選びたかった。Earth, Wind & Fire みたいなグループ系には興味がなかったので、ソロアーティストを物色。結構大御所も多かったけど、その中で当時分かるアーティストを見つけ、何度か観に行った。通ってる美容院のイケてるお兄さんに相談すると、やはり親世代とは目の付け所が違って、イケてるのを見つけてくれて、いろいろ教えてくれる!でも、アドバイスがいつも David Bowie とか Culture Club とか、そういうのが多かった。で、最終的は自分の判断で、なるべく好きな黒人アーティストに決めていた。

Chaka Khan のライヴは、プロで埋め尽くされてる印象。ステージ上も、客席も音楽関係者が多そうな感じである。楽器しか興味のない人も、いくら歌モノでも Chaka Khan は聴くみたい。Chaka Khan はライヴ中によくしゃべる。バンドメンバーにも客席にも、曲の途中にもよく話しかける。

Chaka Khan と言えば、”Through the fire” が最も有名だと思う。R&Bが好きな人なら、みんな好きな曲だ。この曲は、前半は結構簡単だが、後半に高音が待っているし、アレンジで高音を避けると、「あ、歌えないんだな」って感じになる。中途半端なシンガーがカバーすると、無残にボロボロになるので、オーディション番組でも避けられがちな曲だ。

-“Stay” で聴く、縦横無尽なベルトの高音-

“Stay” という曲は、さらに難しい。初めて聞いた時は、stunning! と言うより、Im stunned! って感じだった。 こんな曲がよくこの世に存在するな〜と思う。Chaka Khan 本人にしか歌えない、Chaka Khan 専用の曲だ。世の中には、本人が簡単に歌えるけど、他人には難しく歌えない曲がある。しかし、この曲は、特に難しい。

Chaka Khan本人が軽々と歌い上げるので、楽しそうで、ぜひ歌ってみたいと思うのだが、低音で複雑な前半が終わると、中盤から最後まで、ずっと高音。Chaka は、それをファルセットを使わず、ベルト(裏声でない声)で歌い上げる。日本のボイトレで、この曲をベルトで歌えるようには出来ないと思われる。日本のボイトレコーチも、いい人いるけど。そもそも、ボイトレで出す声室のものではないけど。

黒人で、特にゴスペル出身のシンガーは、ボイトレを一度も受けたことがない人がほとんどだ。感覚とパワーで難しい曲も高音もこなす。ベルト、ファルセット、ソプラノ、ホイッスルボイスなどの概念がない状態で、完璧に歌えるのだ。まさに天才で、そういった人は数少ない人数しかいないと思いたいが、NYには沢山いる、、、、。実際、教会で歌ってる素人で、本業を別に持っている人とか、趣味で音楽をやってる人とか、プロだけどレコーディングアーティストではなかったり、という人が無数にいる。

-シンガーの空気感と高音で、至高の世界へ-

それと、“Stay” というような曲は、Chaka Khan でないと生まれなかった曲だと思う。黒人シンガーは、Chaka Khan並みの歌声の人は有名無名問わず、かなりの人数がいる。しかし、彼女の独特な空気感や、遊び心のある浮遊感が、この曲によく出ている。

白人の曲でも、独特の空気感のある曲はある。

Teena Marie “Out of a Limb” も、Teena Marie 本人にしか歌えない。これも、こんな曲がどうやって生まれるんだろう?と思う。Teena Marie は、本物のソウルミュージシャンだ。

Teena Marie の曲は、どれもこれも、かなり難しい曲ばかり。曲の概念も、歌も、すべてが玄人向けの至高の品である。

そこそこ高音の出る自分にとっては、やはり男性シンガーの曲はラクである。Donny Hathaway など、曲が好きで尊敬しているが、音域的にはラクである。黒人のように太い声で自在にアレンジして、複雑な表現で歌い上げるのは難しいが。女性シンガーは、それに加え、どこまでも高音が出るし、難しい曲が多いと思う。Patti LaBelle は一体どこまで高音が出るのだろう。どこまでもベルト(裏声でない)で歌うし。

Gerald Levert などのゴスペル出身のシンガーは、奥が深い、これは声量も表現力も、低音も高音もモンスター級である。ふとした時に感情のままアレンジし、とんでもない高音を出すが、どこまで高音が出るかは計り知れない。

-世界を席巻する、お寒い非高音のカラオケ並カバー-

AdeleとかFiegie をカバーして喜んでるアーティストが多いが、ちょっと痛く見える。もちろん高音が出ることだけが全てではないが、あんまり音域的に簡単な曲を、満足げに歌い上げて、悦に入られても困る。ああいうのは誰でも歌える。

Adeleは、自分で曲を作っているから価値があると思うけど、曲も歌も、ソウルミュージック好きな人からすると、そんなに価値はない。ポップスしか聴かない、情報弱者向けのコンテンツで、インフレだと思う。”Hello” は Lionel Richie に、ちゃんと断りを入れてるんだったっけ?パクリだと感じます。有名すぎる曲だし、アーティストなら300回以上は聴いてるはず。

平和的に解決してるみたいだが、Lionel Richie の人の良さと、Adele の人気による同調圧力みたいなものが無理やり沈静化させてる気がする。強引に ”作られた平和” が保たれてる感じがする。Adele は、デビューアルバムから注目してるけど、現在の人気は、レコード不在の、インターネットとダウンロードの時代に、情報弱者が生んだインフレだと思う。

-本質を逃れたごっこ遊びで、大ウケ音楽ポピュリズム-

また、最近のアーティストの、無駄にクリエイティブな気質は、どうなんだろうと思う。本質を感じないし、聴く側にランダムさとミックスを感じさせ、不信感を抱かせる。まあ、そういうのは、コマーシャルソングでしかないので、問題はない。でも、好きで聞いていても、深層心理では違和感を感じているので、最終的には価値のなさに気づき、破棄される。

自分の場合も、20代前半で、最初に就職した広告会社で、「あんまり新しいクリエイティブな体質の人は、まだ今の広告会社の流れには合わない。」というような言葉を言われたことがある。それは、やり方の問題で、時代の流れとかの関係もあったので仕方ない。

それとは別に、”クリエイティブ”という便利な言葉を考え直す時期に来ていると思う。新しい事をやるからクリエイティブであるとは限らないし、新しく出たからといって ”新しさ” があるとは限らない。クリエイティブやイノベーティブという言葉には、「古典バレエでうまくいかなかったから、コンテンポラリーダンスをやる」とか、「ソウルミュージックが難しいから、ポップスをやる」みたいな、本物からの逃げや、批判回避の姿勢を感じることもある。日本の奇抜な表現全般に対して感じるように。

ビデオは、

Chaka Khan の “Stay”。

彼女にしか歌えない、彼女の空気感でないと生まれなかったであろう曲である。

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