極場

 「何とかなる」「そんなことあとでいい」と思いながら自分の好きなことをやってきたのではないだろうか?たとえたしなめられたとしても反論する気持ちが先にたつ。個の尊重と人権、自由こそ自分の保証された本心と思ってきたのではないだろうか?

 人は絶体絶命の立場に立たされると自由だとか自己表現などとは言っていられなくなるだろう。自分にはまだ絶体絶命と言う「極場」(造語)に立たされたことはないが、そんな極場の人達がいるのだと認識させられるニュースが恐ろしく思えてくる。

              自分はまだまだ自分を甘やかしている。

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