プハッとジパング 2

“ スカッとジャパン ” と “ 未来世紀ジパング ” の

ハイブリット番組である

“ プハッとジパング ” 第2回。

-パリが似合わない ダサい日本人観光客親子にイライラ-

パリ観光中に、日本人観光客にイラつくことも多かった。ブサイクなのにカッコつけてる関東人の日本人オヤジと、その娘も前髪パッツンのブスで、ゆるふわファッションみたいだったのがダサくてムカついた。

チュイルリー公園前のアンジェリーナ本店(観光客誰もが行くスポットなので、ウザい日本人が多い)で、ガトーと一緒にカフェ・ヴィエノワを注文すると、隣の席にいた、そのブスの娘が「やったことない組み合わせ」とか、いちいちコメントしてきた。

ムカついたので、店を出るときに文句言ってやろうと思ってたら、おっさん(父親)が水をこぼして周りの客から大注目された。そこで、” Conard !(コナール)”=バ〜カと伸ばし気味に言ってやった。”N’importe quoi.(ナンポ−ト コワ)” の方が良かったのかも。で、ゆっくりガトーを食べてたら、奴らが先に席を立ったので、娘に「ブス!」と言って終了。父と娘でパリに来るのって、ダサい。京都でも多いが。

基本的に、外国語を学ぶ上で、悪い言葉を覚えるのは楽しい。まさか使わないとは思うけど、勝手に出てくることもある。

-一流レストランでは、客も手強い。-

その後、Le Meurice でランチ♪

そこでは、パリ郊外在住の日本人老夫婦が、マネージャーやソムリエに歓迎されていた。常連客のようだ。

ロビーで予約時間までくつろいでる時に、シンガポール、上海、台湾それぞれの出身の客らと話したのだが、華やかなドレスを着た上海出身の客らがコースの途中で席を立ち、帰ってしまった。コース料理の味に納得ができなかった様子。

中央の席に座る自分の横を通る時に目があった。優雅に微笑んでいたし、機嫌が悪そうではなかった。レストランに対する失礼さも感じなかった。

当時は Yannick Alleno が突如シェフを引退し、日本人シェフが臨時でやってたみたいである。確かに、赤カブのスープも味が薄かったし、あんまり美味しくないタコの一品もあった。繊細な味を狙ってるのかな?と思ったけど、メインの鴨肉もあんまり美味しくなく、食べにくかった。見知らぬ客同士で顔を見合わせるくらいだったし、、、。デザートだけ美味しかった。

それにしても、途中で帰った客らは、ゴージャスで、いかにもいいものを食べ慣れてる感じだったけど、その後どうするんだろう。一流レストランなら必ず予約が必要だし、そこまで舌が肥えてる人が、飛び込みで入れるレストランに満足できるはずはないし。まぁ、ホテルのルームサービスとかを利用するのかもね。

そんなことがあっても、レストラン側はアタフタしない。優雅なサービスは続く。フランスの帝政様式の空間で見る、中国人の堂々とした振る舞いは、なかなか見ものであった。フランスと中国の皇帝文化は、相通じるものがあるのかも。

ちなみに、日本人の常連客も、あまり食が進まない様子ではあった。店内の全人種の間に気まずい空気が流れてたので、その日の味はそんな感じだったのかも。Yannick Alleno のシンプルな魅せ方は特殊だから、それを突如引き継ぐのは至難の技だったのかもしれない。でも、舌の肥えすぎも怖いな〜と思う。

00年代は、Yannick Allenoのようなイノヴェーティブで繊細な味わいがイケてる料理と見なされた。ショートポーションの微かな味わいの料理を誰もが欲しがったのである。濃厚な味わいのソースは、ダサいと見なされ、敬遠されたのである。

2010年代に入って、もう少し古典やソースの料理に回帰しつつある流れも関係してるのかもしれない。わがままな話だが、客の「食べたい味」も変わるのである。シェフも大変である、、、、。

よく考えると、Pierre Gagnaire のデジュネって、90年代の機内食のようなものに思えてくる。

-カフェでの席と、レストランの席-

自分の場合はカフェでは、まず店員さんに「ボンジュール ムッシュ」と挨拶し、人数を伝えて、席を案内してもらう。フランスでは、ものを売る方が立場が上なので、敬意が必要。そのことは、多くの人の話を聞いて勉強していた。

すると、スタスタと適切な席に連れて行ってくれたり、「中の席と、外の席どちらがいいですか?」と聞いてくれたり、「好きな席にどうぞ」と言ってくれる。朝だと、キャフェ・クレメを頼むと、クロワッサンを薦めてくれたりする。「クロワッサン」を0.5秒で発音するので、最初は分かりにくいが。

日本人がよく、「テラス席や、外から見える席がいい席で、一番奥の席が一番悪い席」という表現をするが、実際のところ、よく分からない。考え過ぎでは?と思う。

混んでるときだと、当然空いてる席に案内されるし、暇なときは、好きな席を選ばせてくれる場合が多い。また、テラス席だけに、全ての客をまとめておきたがるときもある。

あらかじめ予約が必要な一流レストランの場合は、どの席もいい感じの席である必要がある。

なるべく、一人の時は、隅っこの目立たない席がいいのだが、ル・サンクでは中央の席であった。しかも常連客の隣だった。アルフレッド・ヒッチコック淀川長治さんに似てるフランス人のおじさん二人の隣。幸いにも、淀川長治さんに似てる方は、おじいさんが日本人で、高槻市に住んでいたこともあり、日本語が堪能な方。DONQ/ドンクのお仕事をされてたとのこと。現在はボルドー在住で、月に1回パリに来ているみたいだった。行く予定のなかったジャックマール=アンドレ美術館を紹介してくれて、メモに住所まで書いてくれた。また、南青山の La’s がお気に入りだと言ってた。

-パリのカフェは、内装を鑑賞した方がお得-

サンジェルマン・デ・プレのカフェだと、テラス席だと大通りで排気ガスが多いし、人がいっぱい通るので快適ではない。アイスクリームとか食べてると、「グラース」「グラース」と通行人がコメントしていくし。それに、テラス席は、ワリとやんちゃな雰囲気である。

「アジア人は必ず奥の席にかためられる」という被害妄想を語る人も多い。でも自分的によく感じたのが、一番奥の席には、ゴージャスなマダムが座ってるということだ。パリの老舗カフェは、基本的に内装が華やかで見応えがある。どう見ても、洗練されたマダムこそ、奥の席がふさわしい。

自分的に、一番お気に入りは、テラス席と奥の席の中間の席である。ここだと、内装も鑑賞できるし、テラス席の人たちも眺めながら、街並みも鑑賞できる。Le Dome Montparnasse / ル・ドーム・モンパルナスは特にここ。

体感的に、店内の席がいっぱいの場合、諦めてテラス席に座るパリジャンが多いように感じた。そんなにテラス席を取り合ってるわけではない。人間、そんなに外が好きな人ばかりではない。

観光中などは、一日中外を出歩いてるわけだ。カフェで休憩中は、屋根のある建物の中の奥の席で、のんびりできることがありがたいと思えばいいのである。

カフェで、一番大変なのは、考え過ぎの座る席の序列ではなく、ラディション(お会計)である。これが中々時間が掛かる。ちょっとしたプレフィックスを注文した場合は、デザートが到着した時点で、”ラディション シル ヴ プレ” と言っておいた方がいいのではないかと思う。次の予定が狂ってくるので。

-上沼恵美子、罰ゲーム in パリ-

上沼恵美子氏も、パリのカフェでの「やられた」体験を語っていた。店員が注文を取りに来なかったのだとか。シャンゼリゼ通りだったみたい、、、。

これも失礼な話であるが、ちゃんとお店の方に席を案内してもらったのだろうか?まぁ、店員さんの機嫌が悪かったら、諦めて他のお店に行くしかないと思うけど。

自分もシャンゼリゼのレクレルールのカフェが発見出来ず、別のカフェでディアボロ・マントを頼んだけど、ヘンテコなお兄さん店員だった。柄悪いバーテンダーみたいな。

上沼恵美子氏は、自分的に嫌いになったり、好きになったり激しい人物である。まぁ日本で調子に乗ってる芸能人が、パリで痛い目に会うのは痛快である。罰ゲームみたいで。とりあえず、日本の芸能人は、日本で甘やかされすぎである。

でも、出川哲郎みたいなのが、あんまり海外に行くのは迷惑である。日本人がさらにキモいと思われるので、自粛してほしい。

-サロン・ド・テは基本的に、マダムと大人のためのもの-

あ、そうそう、モンテーニュ通りのLAvenue というカフェは、ファッションピープルで溢れていた。その前を、昨年亡くなった Franca Sozzani が全身白の装いで、三つ編み髪で歩いていた。彼女は何度も見ているが、常に微笑みがあり、いい人そうである。Anna Wintour とは違って。

Plaza Athenee Paris: プラザアテネにある La Galerie des Gobelins:ギャラリー・デ・ゴブランを訪問したが、ファッション記者らしき男性二人が入店を断られていた。また同じくエッジーなファッション記者の女性も断られていた。みなさん、諦めるの早いし。

自分もトライしたが、黒人女性マネージャーに「本日は、宿泊者の利用客が多く、席が空いてないのです。」と断られた。手前にはぽっちゃりした中国人客が座っているし、奥の席に数席空きがある様子。どうやら、ここはマダムか年配のエレガントな客を優先するみたいである。

諦めようと思ったが、「30分ぐらいなら待てます。」と言ってみると、すぐに席を案内してくれた。まぁ入り口で待たれても迷惑だからね。

-時々見かける、パリを余裕で乗りこなす日本人たち-

ギャルリー・デ・ゴブランでは、ルリジューズやミルフォイユを堪能していると、華やかなフランス語をペラペラと話す女性の声が聞こえる。声がする方を見ると、エレガントな日本人マダムと、その孫娘が余裕で入店し、隣の席に着席。こっちが日本人だと分かると、軽く笑みと会釈をしてくれた。孫娘は20歳前後で、モデル現役時代のTaoっぽい髪型とコートの袖を捲り上げた装い。エレガントなマダムと孫娘である。こういったエレガントな日本の方たちも時々見かけた。

ラディションを済ませ、トワレットに行った後、帰り際に会釈してから出ようと思っていたが、ジャケットを脱いでノースリーブ姿になったマダムの二の腕が、羽ばたけるほどにたるんでいたので、唖然とし、そのまま通り過ぎてしまった。

まぁ、、、、やはり、パリで余裕な人たちと、苦戦する人は分かれるんだと思う。

-「バスタブなし」というパリでの最大のピンチ-

3週間のパリ滞在で、2週間はオペラ座近くのアパルトマンで過ごし、残り1週間は、サンジェルマン・デ・プレ周辺の4つ星ホテル Hotel Des Saints Peres Paris に宿泊した。

このホテルは、近年リニューアルもされ、ノーブルで落ち着いた洗練されたホテルである。サービスも親切で、日本人からも評判がいい。

本当は、すべての日数をサンジェルマン・デ・プレのアパルトマンで過ごしたかったが、ハイシーズンで数ヶ月前からどこも予約が埋まっていた、、、。最近は、高級ホテルよりアパルトマン暮らしが人気で、みんな同じことを考えるのである。

5つ星ホテルや、パラスホテルは、ロビーラウンジなどでも最低限のドレスコードがあるし、広くて施設も多く、人がかなり多いのである。なので、こじんまりした中庭がある程度の、品のいい4つ星ホテルを選んだ。

ホテルのサイトで2か月前に直接予約した。通り側ではなく、中庭の見えるバスタブのついてる部屋を予約した。サイト上には「バスタブ付き」と書かれていたし、ホテルに念押しの確認もした。ところが当日用意されてたのは、バスタブなしのシャワーだけの部屋だった!

-罰ゲーム in Paris が確定し、もがく日本人-

2週間滞在したアパルトマンにはシャワーしかなかったので、ホテルではやっとバスタブに浸かれることに期待していたのだ。バスタブさえあれば、部屋の大きさやエレガントなインテリアは、ワリとどうでもいい。

フロントで「バスタブのついた部屋を予約したんですけど。」と言っても、「ごめんなさい〜」みたいに笑って誤魔化すだけ。サービスの方は、感じのいい人ばかりではあるが、納得できない、、、。「僕、日本人なので、体質的に入浴ができないと困るんです。」と言っても平謝り。しかも他の部屋も、全室満室とのこと。

「僕は2か月前にバスタブのある部屋を確実に予約したんだから、他の客に他のホテルに行ってもらったらどうですか?」とも言ってみると(“How about other guest ~ ?” のように、提案ベースの優しい口調で、笑顔で)、さすがに絶句された。このホテルは、ブライトンとかの系列になるので、なんとでも出来るはずなんだけど、何もしてくれなかった。観光客がすぐに他のホテルを見つけることは、なかなか出来るものではないし、どこも満室だと思われる。

-「バスタブなし」の恨みは深い-

ムカついたので、1週間の間、ホテルでは朝食も取らず、ロビーラウンジやバーも利用せず、感じのいい挨拶も全て無視して過ごした。「ホテルのクロワッサンが不味そうだから、ゴスランでクロワッサンを買ってきて。」と嫌味を言ってみると、断られた。

また、「部屋のインテリアが気に入らない。」と言い、ヴィオレット色のクッションと、風景画をフロントへつき返した。ルームサービスでシャンパンやマカロンを注文して、のんびり過ごす予定であったが、1回もルームサービスは利用しなかった。

フランスでは、生クリームやバターの多い食生活になるので、バスタブで汗をかいてさっぱりしたくなるのである。朝は寒いが、日中は暑いので、一度ホテルに戻り、入浴するのが理想である。が、それも出来なくなったので、怨念

は根が深いのである。お風呂でのカロリー消費を前提に、高脂肪の食事を2週間の間ガンガン食べてきたのである!!!!!!

「バスタブ入浴」が自分にとって、いかに大きなうウェイトを占めるかを感じた旅であった。イスラム教徒が1日に5回行う祈りと同じように、センシティブな問題なのである。

-クレームのスタイルにも、ジャンルやセンスがある。-

フランスでは、世界各国の国民性に合わせて、対応方法を変えることで、スムーズにサービスを進められるようにしているらしい。

例えば、「日本人は清潔で、正確な情報を求める。その場でクレームは言わないが、母国に帰ってからネットなどで悪い評価コメントをする。」など。

でも “海外でのクレーム”というジャンルに、一度チャレンジしてみたかった。でも、個人的な性格もあり、一般的に多い、「声を張り上げてのクレーム」や「理路整然としたクレーム」という方向性にはならなかった。大声で威嚇したり、理屈で勝っても、達成感は感じないのである。イノヴェーティブな、ちょっと違ったアプローチを心がけている。カンヌ映画祭コンペティション部門ではなく、「ある視点」部門のような感じ。パルム・ドッグ賞は、いらない。

憤慨はせず、粘着質な嫌味を言い続ける日々は、なかなか楽しかった。ホテル側も応戦してきて、外出から戻ってきて、カウンターで鍵を受け取る際、「あれ、鍵が見当たらないですね〜。」とか言ってきた。「じゃあ、僕が中に入って探してあげましょうか?」と返すと、すぐに出してきた。なかなかやってくるじゃないか。

ちなみに、外出するときは、常に “Do Not Disturb!” の状態にしておいた。“Don’t enter my room!” “Don’t touch anything!” と初日から言っておいたし。夜中にホテルに帰ってくると、フロントの人が「お休みなさ〜い。」と言ってくれるが、ずっと無視してたら、何か独り言を言ってるのが面白かった。

-結局のところ、都市・文明よりも、自然・野生の方が強い。-

それにしても、NYは世界標準的な価値観が常にあり、スムーズな都市だと感じるが、やはりパリは手強い。誰もが肝が座っていてアタフタしないのである。

でも、こっちも粘着質な腹黒さでは負けないのである。そう考えれば、パリは本領を発揮するのには、最適な都市だと言える。日本人とやりあっても、塩をかけたら死ぬナメクジみたいな奴ばかりでつまらない。

日本人は、一度批判的なことを言ったら、無駄に傷つくし、モメたら関係が終わりになることが多い。が、フランス人は議論から逃げないし、自分に非があっても、揺るぎない自尊心を保ってるのは強いと思う。まぁ路上の柄悪いフランス人は、議論や善悪の概念が通じるとは思えない図々しい態度であるが。

彼らを見ていて感じるのは、人間は sauvage:自然の生き物であるということだ。実に誠実な生き方と言える。社会的な善悪や、仕事上や立場上の出来事は、大したことではなく、本質に影響するものではないのだ。

バスタブがなかったことに納得は出来なかったが、街に出れば楽しいことはたくさんあるし、見所がいっぱいあるので、どうでも良くなるのだ。デモとかストライキ、電車の遅延も多いので、細かいことは気にしないのだ。

ビデオは、

Sous le ciel de Paris ZAZのカバー。

楽天的な雰囲気、危機感、哀愁と悲壮感、コミカルさが入り交じるパリ。これは、今に始まったことではなく、昔から。移民、人種差別、デモ、暴動などの問題を、翌日には何事もなかったかのように丸め込んでしまう、パリのおおらかさとテキトーさって、やっぱりすごいと思う。そして、またダラダラとした気怠い雰囲気が包み込む。